その日の昼休み。 

 

 《頂》での生活に関することや、カリキュラムに関する細部の説明だけで午前中は終わり、三人は教室内で遅めの昼食を摂っていた。

 エルデは昼食は軽く済ませ、頬杖をつきながら窓の外を眺めている。

 マミナは、「三人で一緒に」と誘ってみたのだが、眠くなるのでお昼はあまり食べない、とのことだった。エルデの机には、購買で買った冷えたヨーグルトと、紙パックの野菜ジュースの残骸だけが残されている。

 マミナとクリスは机を並べて、朝の残りでこしらえたサンドウィッチを食べ、食後の小さな幸福感と、お昼特有のまどろみに包まれていたのだが──

「あっ……いたいたっ!」

 という弾んだ声が、とつぜん教室内に響く。 

 昼休みも終盤なので、教室に戻る生徒や、講義室や専用施設に向かう生徒たちが廊下を行き交う中、いつの間にか開けられていた教室の入り口に立ち、その言葉を発したと思しき人物は……ひどく目立っていた。

 《頂》の制服を着てはいるが、その上から余裕のあるサイズ感の黒いパーカーを羽織っている。リリーホワイトのような色合いの髪はふんわりとゆるくウェーブがかっており、その長さは腰のあたりまで届いていた。

 この時点で、エルデやアリスとは違った意味で印象的なのだが、なにより目を引いたのが── 

 

 左目を覆っている、薔薇の意匠が施された眼帯だった。

 

 こちらを見ている反対側の右目は、まるで黄金のような色合いの茶色で、その秀麗なまつ毛も印象的だった。アリスやエルデのまつ毛も相当印象的に感じたが、その女生徒のまつ毛は、それ以上に長い気がする。

 身長は……そう高い方ではない。自分より低く、エルデと同じくらいだろうか?

 その眼帯の装飾や、全体的な造形と相まって……どこかゴシック的な雰囲気を醸し出している。

 ちらりとマミナが様子を伺うと、突然の来訪者にクリスはもちろん、流石のエルデも眉根を寄せて、困惑の表情を浮かべていた。 

「昨日の初戦観たの! あなた、スゴイじゃないっ!」

 その生徒は少しも臆することなく教室内に入り、気兼ねなくこちらに近づいてくる。 

「わっ……私ですか? えぇっと……」
 その圧に、さすがのマミナも気圧されて、思わず声が上ずってしまう。
 だが、彼女は意にも解さぬ様子で、

「ん? ああ、私? 私の名前はティティスっていうの。ティティス・ティターニア。変わった名前でしょ? 高等部の二年だから、いちおう先輩。よろしくねっ!」

「あ、はいっ! よろしくお願いします。その……ティティス……先輩」

 瞳を輝かせてまくし立てたティティスは、マミナが自分の名前を口にしたことに満足そうな笑みを浮かべて告げる。
「私ね……あの試技を観て、アナタのファンになっちゃったの」

 その言葉には、何か含みをマミナは感じた。なにがどう……というのは分からないのだが。

 まるで観察……あるいは値踏みされているような──…… 

「だからもう、居ても立っても居られなくなっちゃって、こうして会いにきちゃったけど……ひょっとして、迷惑だった?」

「いえいえそんなことは。ファンだなんてむしろ恐れ多いです。恐縮です」 

 自分の言葉が微妙にズレた反応だという自覚はあるのだが、いかんせん目の前の少女に動揺して、上手く頭が回らないのだ。仕方がなかった。

 だが、そんな自分の様子が気に入ったのか、それとも単におもしろかったのか──

 彼女はクスクスと笑いながら続けた。 

「アナタ、やっぱり面白い子ね。ますますファンになっちゃった」 

 そこに、昼休みの終了を告げる鐘が鳴る。 

「えぇ~……もうそんな時間? せっかく会えたのに……」

 人差し指を口元にあてて、楽しみに水を差されたといった様子で不満を零したかと思うと、やがて一転し、悪戯を思いついた子供のように提案してくる。 

「ねぇ? 次の授業なんかサボって、もう少しお話しない?」

「いぇ、さすがにそれは……」 

 未練からの提案を、マミナはやんわりと否定する。 

「……そうよね。いきなり新入生の邪魔しちゃったら、嫌われちゃうよね」 

 一瞬だけ、長いまつげをたたえた瞼を上下させた彼女は、無下にされたといった様子は微塵もなく、むしろマミナの意思を確認するように瞳を覗き込んでくる。 

「冗談だったの。本気にしないでね。また今度、ゆっくり話しましょう?」

  ゴメンなさいを示すように、両手を口元の前で合わせてそう告げると、表情の笑みを深め、マミナの後方にも言葉をかける。 

「……そこの金髪の素敵なアナタも一緒に、ね?」 

 マミナの傍で、その様子を心配顔で見つめるクリスにではない。
 矛先を向けられたその言葉に、エルデは警戒の色を深くした。
 

「昼休み、お邪魔しちゃってごめんね? それじゃあ、またね~」 

 最後にバイバイという手振りを残して、あとは軽やかに立ち去っていく。

 その身姿や振る舞いに、終始圧倒されたマミナは──アリスの時とはまったく違う、別種の動悸に見舞われていた。

 


 


 ティティスという、不可解な来訪者と邂逅したあとの昼下がり。
 

 各々の運動服に着替えたマミナとエルデは、《頂》にある屋内訓練用の『体技室』と呼ばれる部屋の中央で、再び対峙していた。
 体技室は通常の教室よりかなり広く、校舎の二階と三階を繋げたような構造になっているため天井も高い。壁には緩衝用のマットが張り巡らされているので、窓が少ない上に位置も高く、日差しが僅かにしか入ってこないため──午後だというのにどこか薄暗かった。もっとも、あまり採光が良すぎると夏場は蒸し風呂になりそうな部屋なので、これは設計上の配慮だろう。窓のカーテンも遮光仕様にみえる。

 板張りの床下には緩衝材的なものが敷き詰められているらしく、踏みしめると独特の感触と音がする。かなりの衝撃にも耐えられる設計になっているようだった。 

 対峙しているマミナは、黒のショートパンツと長袖のインナー。その上に、ライトグレーの薄手のトップスという格好だった。トップスには、太った猫みたいな細目の生き物がプリントされているが……不思議と彼女に似合ってる気はする。と、エルデは思った。

 一方の自分といえば、黒いハーフパンツとインナーの上に、股下まで隠れる着丈感の──かなりオーバーサイズな黒い長袖のシャツという恰好だった。裾は自然なカーブを描いていて、麻の混ざった軽やかな素材で出来ている。通気性と耐久性、なによりサラリとした着心地とサイズ感が気に入っており、体を動かす際は、特に指定がなければいつもコレだった。

 かなり余裕のある長い袖は、邪魔にならないようレザー素材のリストバンドで、左袖だけまとめている。

 靴は二人とも、底の厚い屋内用の運動シューズを履いていた。 

 クリスは、午後から司書科の講義を受けるため、ここには居ない。

 教師であり、責任者でもあるエリスは、部屋の壁際で腕を組んで、二人の様子を静かに見守っている。

 室内は、三人の他には誰もおらず──図らずも、カシナート教室の貸し切り状態だった。

 

 マミナは、左半身と顔をこちらに向けて、横に構えている。

 エルデから見れば、視認できる部位が体の左側面だけになる上に、正面から狙えるのは肩と左腕くらいになるので、自然と急所を晒さずに済む、合理的な構えといえる。操者に限らず、ある種セオリーとされている構えの一つだった。

 左手は軽く握って左の胸元に沿え、右手は──いつでも《理術》に使えるようにだろう。掌を開いて、親指以外の指先を形よく揃え、自然な角度で腰の横あたりの位置に構えている。エルデからは視認しづらい位置だ。

 下半身は、足を肩幅のスタンスに開き、自分に推力を与える足……この場合はエルデからみて奥の方にある右足は、踵を浮かせてつま先のみに自重をかけている。いっぽう、軸足となる左足は、自身を支えるようにしっかりと踵を床につけ、前後左右に素早く動けるように、両足先と膝で自重の配分を調整している。

 小刻みにステップを踏むような構えではなく、呼吸によって膨らむ肺の動きに合わせるように……静かで、自然体の構えだった。

 こちらを見据える表情には、緊張と、真剣な色が、汗と共に滲んでいる。

 

 対するエルデも、マミナと同様──身体の正面ではなく左側面を相手に向け、左手は自身の顔の右側に。右腕は自身の身体の内側に折りたたんで水平に……ちょうど、右手がエルデの左脇と左腕の間に収まるような構えをとっている。左拳はやはり軽く握り、右手は開いて、指先だけを軽く整える。図らずも、拳の形や意図はマミナと同様だった。位置だけが違う。

 下半身も、足を肩幅に開いて蹴り足の踵を浮かせているのは共通だが、エルデは、体幹を預けている自身の腰と、右足を使って自重のかかり具合を調整している。 

 エルデは、気持ちはどこまでもフラットに。半目がちな表情で、ただ状況だけを見つめていた。

 

 マミナの膝や足先への重心のかかり具合、上半身の高さの変化をエルデが察知した一呼吸後、マミナが動く。

 だが、たったその一呼吸の間が、エルデに観察する猶予と、後手の選択時間を与える。 

 右の踏み足から……思ったよりは素早く間合いを詰めてくるマミナだが、足運びが安定していないせいで、力のロスが生じている。さらには、エルデとの距離が詰まるごとに、委縮しているのか歩幅も狭くなってきた。
 結果、せっかく前に出た勢いを殺してしまっている。

 これがマミナのための組手であることは、この時点で十分に理解できた。ならば──

 エルデは息を止め、ふっと自身も前に出る。

 蹴り足に力を入れるのは、ほんの一瞬。なるべく足は浮かせず、滑るように一瞬でマミナの目前まで迫る。 

 

 そのプレッシャーに負けたマミナは、ほとんど反射的に手を出してきた。

 ちゃんと脇を締め、コンパクトに突き出されたお手本のような左の牽制。

 エルデは、前傾していた上半身を、バランスは崩さぬよう……必要な分だけ元に戻した。

 もとより遠慮が入ったその拳は、それだけでエルデに届かず宙を打つ。 

 マミナが、自身の甘い目測の結果を理解したかも分からぬうちに、エルデは引いた上半身の自重を右足のみで支え──自由になった左足の側面で、目の前にいるマミナの軸足を素早く外側に払う。

 まだ拳を突き出したままの体勢だったマミナは、それだけで大きくバランスを崩し、その場で転倒寸前になる。
 マミナの驚愕した表情──それを確認してから、エルデはその崩れた上半身を両の掌(てのひら)で思いっきり突き飛ばした。

「……ッ!?」

  短い悲鳴──というより、突き飛ばされた衝撃で、肺の中の空気が口から漏れたのだろう。

 マミナは、まるで床に映った自身の影へと吸い込まれるように床に打ち付けられ、室内に鈍い衝撃音が響く。

 それでもなお勢いは残り、突き飛ばされた方向へと何度か床を転がっていった。 

 

 室内に訪れる静寂。

 舞い上がった埃が、窓から差し込む陽光を受けて、きらきらと揺らめいているのが見える。 

 マミナは仰向けに倒れたまま、自分が何をされたのか把握できなかったのか……驚愕した表情で目をしばたかせている。派手な転倒ではあったが、この様子なら少なくとも受け身はとれていたということになる。そこだけは、褒めても良いかもしれない。 

 エルデは止めていた息を吐きだすように深く嘆息すると、わずかに上がった動悸を整えながら、マミナが起き上がるのを静かに待った。
 大の字になったまま胸を上下させ、呼吸を整えるマミナの様子を見ながら……エルデは黙考する。 

 マミナに抱いた率直な感想は、素人に毛が生えたような──という域は脱しているかもしれない、程度のものだった。

 試技会のような実戦形式で通用するレベルには、お世辞にも達していない。

 これはおそらく彼女の性格によるものだろうが……型自体は基本に忠実で、変なクセもついていない。左の牽制一つとってみても、ちゃんと教わった通りに練習しているのは伺えたし、これからテコ入れできる部分ともいえる。

 問題は──これも性格によるものだろう。単純に人に手を出すことに慣れていない。下手をすれば向いていないかもしれない。この辺りは、キャリアで克服できるものと、そうでない部分もあるので、エルデが考えても仕方がないことではあった。 

 エリスがいきなり《理術》抜きで自分と組手をさせたのは、彼女のこういった課題を浮き彫りにするためだろう。

 同時に、マミナのメッキを自分に剥がさせたともいえる。

 初戦で、エルデがマミナとの理術戦を最初から拒否するつもりだったら、つい先ほどと同じ結果になっただろう。それは、エルデにとっては口惜しい事実ではあったが……

 

 この『近接戦』という課題。

 これから一年──いや、マミナが今後、操者として生きるのなら、決して避けては通れない、ずっと向き合い続けなければならない課題だといってもいい。

 エルデがそんなことを考えていると、ようやくマミナが上半身を起こして立ち上がる。その表情から、おそらく彼女にもこれらの意図は理解できたはずだ。

 すると、黙していたエリスが腕組みしたまま、真剣な表情で口を開いた。 

「通常、試技会一戦ごとの試合間隔は三週間から一か月ほど。数日後には、去年の三年生が抜けた状態の序列が公開されると思うけど……次戦で誰と当たるにせよ、マミナの課題は変わらないわ。今日から二戦目まで、理術に関しては今までの反復と基礎練のみ。しばらくは近接戦にウェイトを置いて取り組むこと。エルデと一緒にね」

 エルデは一瞬だけ反発も感じた。なにせ、近接戦で自分がマミナから学ぶようなことが何もない。

 だが、エリスはそんなエルデの心境を察知したかのように、腕を組んだまま器用に肩を竦めて言葉を繋いだ。

「当然、エルデの不服も理解できるわ。だから、私が相手できるときは、むしろ積極的にお相手するつもりよ」 

 腕を組んだまま、右手の人差し指で、左の上腕を叩きながら続ける。 

「それにほら、聞いたことあるでしょ?」 

 どこか試すような含み。エルデは、なんとなく医務室でのやりとりを思い出した。 

「技術は、人に教えることが出来てこそはじめて一流……って言葉」

 そう言うと、エリスはこちらに向けて意味深に微笑んだ。

 エルデとマミナの反応を一通り確かめると、エリスは一転して教師の顔に戻る。 

「もちろん、普通の座学や講義にもちゃんと出てもらうから……常に時間は足りないものと認識して。続けるわよ」 


 その後、途中で休憩をはさんだり、エリスから直接手ほどきを受けたりしつつ──

 マミナは、三時間ほどエルデに転ばされ続けた。 

 


 

 それから三日後の朝。

 

 生徒の通りが一番多い、玄関と繋がる廊下の大きな掲示板に、現在の序列が貼り出された。

 掲示板には他にも、『心の修養は身の回りから』といった美化を呼びかけるポスターや、『みんなも深呼吸、しよう!』といった、《頂》式呼吸法の具体的な実践方法と、その効果を紹介するような掲示物なども貼ってある。

 《頂》の主な連絡事項は、ここをちゃんと確認すれば、ひと通り分かるようになっているようだ。

 その掲示板の中央。
 一番大きな模造紙に──試技会の『序列』と、その隣に生徒の名前が記されている。 

 昨年の三年生が抜け、《頂》での実績がない外来生の評価が出た状態。
 これが、今期開始時の正式な序列といえる。 

 掲示板前の人だかりとその喧騒に紛れ、マミナはまず首席──アリス・ノーライの名前を確認し、続いて自分の名前を探した。

 ちょうど表の真ん中あたりにあったので、それはすぐに発見できた。マミナの名前は二十二位の横に書かれている。

 自分の名前と位置を確認したマミナは、次にエルデの名前を探す……こちらは自分よりやや下の、二十八位の位置にあった。

 試技会に参加している生徒は全部で五十余名。

 序列には五十位までの名前が書かれており、初戦で勝ったマミナが真ん中よりやや上、負けたエルデが真ん中より下、という位置になる。

 隣にいるエルデの様子を、マミナがそっと横目で確認すると、エルデは無表情でその一覧を確認している。

 整った横顔に思わず見とれそうになったが……マミナには、その心象を推し量ることはできなかった。

 ふと──マミナは思いあたって、ティティスの名前も探してみる。彼女の名前は……十三位の横にあった。
 

 

 内心、三十番台──あるいはそれ以下を想定していたエルデにとって、自身のこの位置は意外だった。

 これが……あの試技における二人の評価、ということなのだろう。

 エルデは、自身の名前と──マミナの名前を確認したあと──ふと気になり、先日世話になったナーシャの名前を探してみた。自分達と同じ二十番台にはいない。そこから順に三十番台、上の十番台と目で追っていくも、それらしい名前は見当たらなかった。

(試技会には参加してない……ってこと?) 

 別にそれほど不自然なことでもない。《頂》には、試技会に参加していない、あるいは操者ではなく、クリスのような違う道を志望する生徒も在籍している。それらの生徒を合わせた総数は、序列に名を連ねる人数の倍以上になるはずだった。ナーシャがいたのは医務室だったので、その辺が関係しているのかもしれないと思った。
 が──

 直感的に感じるものがあったエルデは、序列の一番上、アリスの名前から視線を落としていくと……そこに、自分が思っていた綴りと違うが、それらしい名前に目が止まる。

 そんなエルデの視線をまるで追っていたかのように、掲示板に集まった生徒たちの中から、ひときわ大きい声が上がった。 

「なぁに~? アタシ四位スタートなんだ。甘く見られたモノねぇ……」 

 どこか尊大なその声に、その場にいた生徒全員が思わず目を向ける。というより、目を向けざるを得ない存在感がそこにあったという方が近い。 

 

 まず目を引いたのは、この群衆の中でも埋もれることのない存在感を放つ、ピンク色に近い赤毛の髪だった。

 肩あたりまでの長さの髪をツーサイドアップにし、爛々と輝くその瞳は瑠璃色──ラピスラズリを連想するような深い青。その瞳と、自信に満ち溢れた表情は……先ほどの言葉の内容とは裏腹に、どこか満足そうな笑みにも見える。着ている服は《頂》規定の制服だったが、彼女が着ていると不思議と周りの生徒たちより華やかな印象を受けた。  

 マミナとエルデ、二人の視線を待っていたかの如く──あるいは本当にそうかもしれない──二人に向けて、その生徒は口を開く。

「──アンタたちの試合、観てたわよ。外来にしてはやるじゃない」 

 周りの生徒たちの視線は気にも止めず、その生徒は自信たっぷりに言い放つ。

 あまつさえ腰に手をあて、顎をわずかに上げ、立場を強調するような仕草で言葉を続けた。 

「まぁでも? このステラちゃんには及ばないわね。だって四位だし」 

 エルデは掲示板を横目で見やり、その事実を確認する。それは、先ほど自分が見ていた辺りの位置だった。

 いっぽう、その言葉を受けたマミナは…… 

「……ホントだ、スゴイです」 

 ──と、同じく掲示板を確認しながら、感心した表情で素直に感想を漏らしていた。

 その言葉に、ぴくりとステラが反応を示す。 

「そ……そうなのよ。スゴイでしょ?」

「え? あ、ハイ! スゴイと思います!」 

 マミナの関心に探りを入れるようなステラに対し、マミナは慌てて言葉を返した。

 額面通りに受け取ったのか、あるいはマミナがお世辞や心にもないことを言うタイプではないと本能的に理解したのか──最初にあげた不満の声とは裏腹に、ステラは自分の順位を悪くないと思い始めた様子だった。 

「そ、そうよね。だって四位だし。四位っていえば上に三人しかいないし」

「でも三人いるじゃん」 

 と、ステラの傍にいた連れと思しき──ステラよりは幾分落ち着いた印象の生徒が、まるでエルデの気持ちを代弁してくれたかのように告げる。

 その言葉に、水を差されたといった調子で「はぁ!?」と、ステラは分かりやすい不快感を示し、言い返す。 

「でもステラちゃん、四位なんですけど?」 

 結構気に入ったらしい。

 それに対し、マミナが

「です。ステラさん、スゴイと思います」

 ──などと追従している。あまつさえ両の手で小さく握りこぶしなど作っていた。 

(《頂》にも……色んなのがいるのね) 

 一連の様子を冷めた目で眺めていたエルデは、内心そう思ったのだが……

 マミナの、控え目にだが自分を肯定してくれる反応にすっかり気を良くしたのか、ステラは 

「……アンタ、外来の割には見どころあるじゃない。ステラちゃんを見習って、精進に励みなさいよ?」

「あ、はいっ! 頑張りますっ。ありがとうございます」 

 といったやり取りで締めつつ、上機嫌でその場を去っていった。

 去り際に、連れの生徒がこちらに肩をすくめてみせる。それに対し二人は会釈し、見送りながら…… 

「……賑やかな人だったね」

「ああいうのは姦(かしま)しい、っていうのよ」 

 と、それぞれの感想を漏らした。

 

 慣れたものなのか、周りの生徒たちはステラに対し「やれやれ」といった様子で、次第に各々の日常へと戻っていく。

 ひと時の喧騒が薄れゆく中……エルデは気を取り直し、改めて掲示板の方に目を向ける。

 先ほどの、ステラの名前が書かれたその上。つまりは、序列三位の位置に── 

 ナーシャ・ヌーリという名が記されていた。

 


 

 

「次の対戦相手は──例の外来組の生徒に決まったよ」

 

 その教室の責任者であるマーティ・フレデリック教師は、目の前の生徒に対しそう告げた。

 この教師は、狭量ではないが無意味な会話は好まない。

 突然切り出された言葉にも慣れた様子で、そう告げられた生徒は、必要な分だけ疑問を口にする。 

「どっちのです? 勝った方? それとも負けた金髪おさげ?」

「序列を考えれば分るだろう?……無論、勝った方だ」

「モブ子の方か……」 

 その生徒も、外来生同士の初戦は試技場で観ていた。流石に、あれと正面から理術で撃ち合うのは得策ではない。

 となると、先の金髪おさげのような試合展開は避けるべきだが──

 生徒が静かに思索していると、まるでそれを見透かしたかの様に教師が淡々と口を開く。 

「それに関しては……君にいいニュースがあるよ」  

 教師は自身の机に伏せられていた一枚の資料を、生徒に見えるよう提示する。 

「《頂》の『公式な』記録によると、あの生徒のキャリアはたったの半年だそうだ。さすがに理術に関しては──エリス教師に師事する以前に、何かしらの下積みがあったと考えるのが妥当だろうが……正式に、操者として訓練を受けている期間は本当にそれだけらしい。その前は普通の学生だったようだ。裏も取ってある」

「そいつぁ……どうりで」 

 その情報源や入手経路に疑問はあったが……自分に利益がある分には問題ないと、その生徒は割り切る。

 この教室には、頼んでもいないのに情報を仕入れては、吹聴してくる噂好きもいる。裏を取ったのも彼女だろう。

 例のモブ子を遠目でみた時の初感と、初戦で見せた実力との剥離も、これで色々と得心がいった。 

「実戦的な戦闘訓練や、近接戦に関する技能は……おそらく並みか、それ以下だろう。そう都合よく、普通の学生が格闘技を習っていたなどという経験もあるまいしな」

「そういえば最近、連中が体技室でなにかコソコソやってるみたいですね」

「……まんまとエリス教師に騙されるところだったよ。まぁ件(くだん)の試技は、それほどの輝きではあった」 

 その表情と言葉には、僅かな自虐が含まれていたが……教師はすぐに、元の威厳を取り戻す。  

「さて。ここまで言えば、あとは分かるな?」

「相手の得意分野に付き合う義理は……まぁ、ないですよね」 

 活路を提示され、緊張の糸が切れたように肩をすくめながら答えた生徒の解答に、教師は満足そうに眼を伏せる。 

「今期が、君に残された最後の一年だ。私の期待に……などと言うつもりはない。君の今後のために頑張るといい」 

 教室内の時計の秒針が規則的な音を立て、窓から射し込む午前中の薄弱な光が、机上の資料を静かに照らす。
 その光景は、室内の空気と二人の間に、静謐な秩序を生み出している。 
 

「それを理解し、実践できれば……君の序列一桁入りも見えてくるだろう」 

 静かにそう告げ、再び開かれたフレデリック教師の眼光は冷たく、明確な意図を含んで言葉を続けた。

 

「一切の遠慮はいらん。新米にキッチリと、操者のルールを教えてやれ」

 


 

 

 マミナの試技会二戦目当日。《屋外試技場(アリーナ)》の見学席にいる生徒の姿はまばらだった。

 既に《頂》では平時の授業や講義が始まっているので、特に注目カードでもない仕合を見に来るものなど、物好きか暇人くらいということだろう。 

(……アタシもその暇人ってことよね)

 エルデはそう自虐しつつ、流石に最前列は避け、適当に見繕った目立たない程度の席に座る。 

 担任であるエリスはこの時間、集団講義の担当になっているので不在だった。

 専属教室の責任者とはいえ、自分たちばかりに構っていられるわけでもないのだ。

 クリスも、今は司書科の授業を受けているはずだった。

 エルデは自習扱いになっていたが、ここまで組み手に付き合わされたマミナの試技の結果が、気にならないワケがなかったので、こうして見学に来てみたのだが……

 三週間前。他でもないそのマミナ相手に、自身が敗れた会場まで来てみると……蓋をしていた記憶が嫌でも思い起こされてしまう。

 じわりと湧いてきた後悔の念。それを追い出すように、エルデは開始目前まで迫ったマミナの二戦目について考えてみる。 

 あれから三週間ほどマミナを転がし続け、敗北の溜飲が下がったかといえば……そんな事はなく、むしろ彼女のひっ迫感や必死さ、ひた向きさや懸命さといったものが、次第に伝染してくるような心地になっていた。

 初戦終了後の医務室で、エリスに言われた言葉が頭に浮かぶ。

 

 ──貴方はあの子を傷つけないと思ったの

 

 実際にどうなのか、本当にそうなのかは……まだ自分でもよく分からない。

 ただ、知らない相手よりはマミナに負けて欲しくないという気持ちが芽生えているのも事実だった。 

 こういうのも、情が移るというのだろうか?

 ペットでもあるまいし……と、即座に自分の発想に呆れる。
 ここ三週間ほどマミナと接した中で、彼女がこちらに向けてくる──裏表のない、まるで小動物のような人懐っこさに感じた心地よさが、そういった連想を抱かせたのかもしれない。

 そして今、いつの間にかそんな気持ちになっていたことに、エルデ自身が驚いていた。  

 相手は、序列二十位ちょうどの生徒だが、エルデには随分余裕のある様子に見える。

 自分とマミナの初戦を見ていれば、いくら《頂》の生徒とはいえ油断はできないと思うのだが……この場合は、何か裏か策があるのだろう。そして、おそらくそれは、エリスがマミナに課せ、自分と組み手をさせ続けてきた意図と繋がるはずだった。

 

 重要なのは、あの初戦を識(し)っている生徒が相手だと、もうマミナは理術戦でまともに相手をしてもらえないという点だ。あれだけの威力を出せる操者を相手に、正面から理術による勝負を挑む者などそうそう居ない。

 初戦のアレは、試技会では一度しか使えない戦法だったと言ってもいい。 

 

 

『アテンプト・カリキュラム──!』

 試技の開始を告げるアナウンスコールに、エルデの思考が中断される。 

『ゲット・セット──(準備はいいか?)』

 一定の間。試技に挑む両者の間には、既に意思の交錯が始まっている。  

『ゴゥッ!(始めっ!)』

  試技の開始と同時に動いた状況は──初戦とは、まるで違うものだった。

 




「唸れっ!」 

 開幕と同時に相手の生徒が吼えた。

 ──と同時に、その生徒が素早くこちらに向けた右手から、二人の間を直線で結ぶように光熱波が放たれる。

 威力よりも速さを重視したその術は、一度、こちらの手札を切らせるのが目的の一手。

 不意を突かれたマミナは、跳ねる動揺をギリギリ理性で抑え込み、祈るような心地で──自身も編み上げていた術を解き放とうとした。

 その刹那──

 

 目の前の光景が、いつの間にか初戦の光景と無意識に重なる。

 同じ舞台、試技の開幕という状況、自分が術を放った結果。

 そして──崩れ落ちていくエルデの姿。

 

 時間にしてみれば数秒もなかっただろう。そうでなければ、既に自分は相手の術に打ち倒されている。

 危うく霧散しかけていた制御をかろうじて維持し、マミナは右手を前方に突き出し、解き放つ。 

「……っ、ディーヴァの炎!」 

 瞬間、白い炎が光を伴い、掌から目の前の脅威に向かって一直線に収束していく。

 両者の間に紡がれた術が衝突し、空気が擦れ、熱波と炎が破裂する。

 轟音と共に荒れ狂う衝撃が、試技場の大気を鳴動させた。 

 その勢いに数歩後退したマミナの視界に、互いの理術が生み出した余波を割って飛び出してくる相手の姿が映る。

 もうマミナに、理術で迎撃できるような距離と時間──そしてなにより平静さ──は残されていなかった。

 膨れ上がる、相手の気配に身がすくむ。 

「先手もらったぁ!」 

 突進の勢いと共に突き出された相手の右拳に対し、マミナは考えるよりも反射的に、両手を交差し身構える。それは防御の姿勢というより、本能的に身を守ろうとする不格好な体勢だった。

 次の瞬間──マミナの顔面を狙った力任せの一撃を受けた両腕から、受けきれなかった威力が突き抜け、マミナの脳裏に火花が走る。マミナからすれば信じ難い威力の一撃に、交差した手と上半身は大きく崩れ、揺れる視界には黒点のようなものが浮かぶ。

 ガードを跳ね上げられたマミナの眼前には、次手に移ろうと──突進の勢いを殺さぬよう、膝を使って沈み込む相手の姿が迫る。一瞬で上気したマミナの動悸は収まらず、意識が状況に追いつかない。チリチリと、顔が焼けるように熱かった。

 地面を蹴り、しゃがんだ状態から伸びあがるように屈伸の力を乗せた右の膝蹴りが、がら空きになったマミナの胴体を狙う。マミナはこれを意図的……ではなく偶然バランスを崩し、後方にたたらを踏んでしまったため──相手の膝は、かろうじて届かずに空を切る。 

「……チッ!」

 相手生徒の舌打ちが聞こえるが、その身体は完全には飛び上がっておらず……軸となる左足は、まだ地面に残していた。右膝の結果がどうであろうと、次が本命の一撃だったのだろう。
 相手は左肩を背中に引くように上半身を捻り上げ、左回転しながら器用に左右の軸足を入れ替えると──
 

「素人がっ!」

 回転の威力まで加わった左脚を、矢のように突き出した。 

「…………ッ!」

 強い衝撃。声にならない悲鳴が漏れる。だがマミナは、跳ね上げられた両手を必死で引き戻し、辛うじて腹部の前に差し込んでいた。ただでさえ後ろに重心がいった状態で、自身を抱え込むような体勢になったため──下半身だけではその威力をまったく受けることができずに、マミナの身体は簡単に後方に跳ね上げられ、仰向けの状態で落下していく。

 次の瞬間──背中に走る鈍い衝撃。

 痺れる右手でなんとか受け身はとれたものの、すぐに次の脅威が迫る。倒れたマミナに追い打ちをかけるように、相手の生徒が踏み込んできていた。

 

「溜めて撃つのが得意みたいだけどなぁ……」

 相手の生徒が挑発的に告げながら──勢いを乗せた右足で、こちらを踏みつけようとする。

 マミナは受け身に使った右手の反動で必死に身体を横転させ、際どいところでその足を外す。 

「そんな暇は……」

 相手の生徒はお構いなしに、今度は左の靴底をマミナに叩きつけようとする。

 なんとかその左足の外側まで転がりきって逃げるが、倒れた状態ではここまでが限界だった。 

「与えるかよっ!」

 すかざすその生徒は──空振りして地面を踏みつけた左足に体重を乗せ、停止したマミナの胴体を、まるでボールでも蹴るように右のつま先で蹴り上げた。 

「……ッ」

 腹部に走る猛烈な痛みに呼吸が止まり、思わず顔をしかめる。意思とは無関係に涙が滲んだ。
 だが悲鳴は上げない。声を上げれば理術は使えない。そして──理術が使えなければ自分はこの人には勝てない。
 

 

 もがく様に、自分では精一杯の挙動で……蹴られた勢いを利用し、マミナは再び転がりながら相手との距離をとる。

 相手の生徒は──まるで手負いの獲物を弄ぶように──視線で自分を追うだけで、追撃を加えてはこなかった。

 その表情は笑っているが、視線は暗い嗜虐心に濁っている。 

 相手との目線は外さずに、マミナは喘ぐようにして立ち上がった。

 肌の露出した部分に、転がった際に出来たであろう生傷が……滲みあがってくる血と一緒になって、痛みに不平を上げている。

 蹴られた箇所の痛みと、上がった動悸を抑え込むように──マミナは深く、深く息を吐いた。

 


 


 その様子を、見学席から見ていたエルデは……自分でも不思議なくらい冷静な心地で俯瞰していた。
 

 こういったことは、技術や知識を教えられても、それで実際に近接戦──と言えば聞こえはいいが、要は殴り合いだ──が、出来るかといえば違うのだ。

 再び……いとも簡単に間合いを詰められたマミナは、相手生徒の攻撃を捌くだけで精一杯という様子だった。

 致命的な一撃こそまだもらってはいないが、このままでは時間の問題だろう。そしてそれは、そのままマミナの敗北の瞬間ともいえる。

 エルデから見ると、今のマミナに足りないのは経験でも度胸でもなく自信だった。考えすぎている。手が出ていない。

 彼女の性格とキャリアからすれば、無理からぬことなのだが。 

 そんなことを考えていると、傍──というほど近くはないのだが、見学の生徒が少ないため、結果的に一番近くにいる生徒たちの話し声が聞こえてきた。二人組だ。 

「アイツもあの軽口さえなかったら……もう少し序列、上かもしれないのにね」

「まぁアイツって、それで調子上げてる部分もあるから」 

 ……あの対戦相手の知り合いか、あるいは同教室の生徒だろう。

 確かに相手の生徒の態度や言動の端々には、自身の優位を確信した侮りや驕りが見え、それを隠そうともしていない。  

「でも……モブ子も実は大したことなくない? そりゃ、初戦のアレはすごかったけどさ」

「あれはチャンプが油断してたのもあるし。『何ボサっと見てんの?』って感じで」

「そういえば、結局モブ子と同じ教室なんだっけ」 

 特に声を潜めているわけではない……むしろ、わざと聞こえるように言っている。
 少なくとも、エルデにはそう思えた。

 モブ子──というのはマミナのことだろう。エルデも最初にマミナに感じた『特徴がない』という印象からつけられたものだというのは推測できた。どちらかというと蔑称に近いが。

 もっとも、今のエルデからしてみればそれはとんでもない誤認なのだが……目の前の試技でのマミナの姿は、それを言われても仕方がない不格好さではあった。

 必死さを笑う人間というのはどこにでもいる。それ自体は今更── 

「結局、どっちも大したことない……ってことでしょ?」 

 まだ話を続ける生徒たちの、そんな言葉が耳に入ってくる。

 それは、エルデの感情の温度を確かに上げた 

「とんだハリボテよね」

「そういうのはメッキが剥がれたっていうのよ」

「まぁ……爪でこすったら剥がれたレベルっていうか……」

「モブ子がハリボテなら、それに負けた金髪おさげは何なのよ?」

「ばか。聞こえるって」

「別にいいでしょ、実際アレに負けたんだし……」
 

 ぐつぐつと煮えてくる感情。それは、好き放題にいう生徒たちに対してなのか、力を発揮できないマミナに対してなのか、それを嬲(なぶ)るような対戦相手の態度なのか、あるいは言い返せる立場にない自分の不甲斐なさに対してなのか……矛先を向ける相手すら、エルデは見失っていた。 

 らしくない。あの子も自分も──まったく〝らしく〟ない。 

 マミナとの初戦で刻まれた身の竦むような光景、敗北してから医務室でのエリスとの会話、三週間、言葉ではなく組み手で感じたマミナという人物。
 発狂寸前にまで絡まった感情がぐるぐると渦を巻く。自身でも理解できない。そして、抑え込めない感情の嵐。
 そして自分の感情をここまでかき回した連中は──何が楽しいのかクスクスと笑っている。

 奥歯を嚙み潰す思いで歯を食いしばるエルデの視界に、確かにこちらへ向けられた連中の視線が入る。 

「ユーロチャンプも、その程度ってことでしょ」 

 ──エルデの中で、何かが弾けた。

 



 見学席からその試技を見ていたティティスは鬱屈としていた。 

 ティティスに言わせれば、マミナが初手の術を加減したのが冷や水の始まりなのだ。

 そして、相手の態度も気に入らない。

 マミナの理術に内心ビビっているから、マミナの土俵……理術戦を徹底的に避けている腰抜けが勘違いしている。

 勝負を決めずに彼女を弄んでいる。 

 ──自分の玩具で、勝手に遊んでいる。

 

 気に入らない。自然と目が鋭利になるのを自覚する。

 いっそここから── 

(……消し炭にしてやろうかしら?)

 そんな冷たい欲求が鎌首をもたげる。自分になら出来るだろう──今すぐに。  

 だが、それではマミナが反則負けだし、なにより彼女に怖がられてしまう。下手をすれば、嫌われてしまうかもしれない。

 それだけは避けたかった。《頂》から処分を受けることになるのも……まぁ困る。 

 今、この瞬間にも一方的に嬲られているマミナには、あの時の輝きがまるでなかった。

 これではこの試技を見ている意味がない。

 

 その控え目な鼻腔から小さく嘆息し、ティティスが半ば諦めて踵を返そうとしたとき──

 会場の対面から、怒り声が響いた。