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Episode 1. 初戦
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その日の夜。
学生寮のマミナの部屋で、明日に控えた試技会初戦についてのミーティングが行われていた。
マミナに割り当てられた部屋は二人部屋で、入口から入ってすぐの部屋は、簡素な調理スペースとくつろぎの場が一体となったような空間だった。手狭ではあったが、調理や食事をしながら会話を楽しむことができそうな部屋で、その奥に、木製の二段ベッドや学習机が置かれた私室兼寝室……といった造りになっている。
内装はアンティーク調で、もっと殺風景なものを想像していたマミナは、内心ホッとしていた。
──だが今は、そのどきどきに浸る余韻もなく、私物などの荷物もまだそのままである。
「あなたにとって初めての試技会……やることは二つよ」
先ほどまでとは違ったエリスの──緊張感のある表情に、マミナは自分が寝泊まりする部屋を確認して浮かれる暇もなく、真剣な表情でエリスの話に聞き入っている。二人がいるのは手前の部屋で、マミナは備え付けのテーブルの椅子に座り、エリスは立ったまま話を続けた。
「一つ目は──必ず先手を取ること。開始と同時に相手より早く構成を成し、術を完成させることだけに集中して」
操者として本格的にエリスの師事を受けてから、まだ間もないマミナにできることは、当然それほど多くはなかった。
術の構成や制御に関しては、エリスの視点から見ても問題ないレベルには達しているが……実戦的な訓練である試技会で通用するような、体捌きや近接戦闘の技術は身についていないのだ。術を使えなければ、勝負にすらならないだろう。
「二つ目は──今のあなたにできる、100パーセント。全力で撃つこと」
この指示の意図も、マミナはすぐに理解できた。
そもそも外部の大会とはいえ、中等部クラスの優勝経験者を相手に、全力を出さずして届くわけがない。
「あなたの最も秀でた部分、それを100の力でぶつけて、なお届かない相手なら──今は絶対に勝てない相手よ」
マミナは何も発言しない。ただエリスの指示と、その意図を聞き逃すまいとしている。
真面目な彼女らしい……と思いつつ、エリスは今回、一番大事なことを告げる。
「だから……初手でダメだったらすぐに降参すること」
マミナの愛くるしい目が一瞬だけ瞬く。それは不安を示す色だと、エリスは解釈する。
「試技会の序列において、やっぱり勝敗っていうのは大事なんだけど……今回の場合、まず立会人や評価する側に、今のあなたが『できること』を提示するのが重要だと思って。勝敗は二の次よ」
《頂》の試技会はトーナメントやリーグ戦ではなく、一年間を通しての、いわゆるランキングマッチ形式で行われる。
勝ち星と序列が近い者同士が対戦し、その勝敗や試合内容によって序列が変動していくシステムだ。
生徒たちは日頃の訓練の成果を披露し、その実力を証明する。階級は学年ではなく中等部、高等部で分けられ、まだ基礎訓練の段階である初等部には、試技会の制度そのものがない。
内容は、『理術』の技術を競う戦闘形式。ただし、当然相手を殺めてはならない。
基本的には、そうなる前に立会いの教師陣が止めるが、そもそも試技でそういった事態を招く操者は、己自身を制御できないものとみなされ、大きなマイナス評価となる。
評価基準は、理術の技術力、制御力、応用力、創造性。
試技中の態度や戦略、倫理観なども評価の対象であり、『勝ち星』が評価のすべてではない。
危険が伴うので参加は任意だが──
《頂》の序列は、試技会の成績で決定するといっても過言ではなかった。
エリスは続ける。
「正直、現時点であなたと彼女(エルデ)は、勝ち負け以前の問題なのよ。そのくらいの差があるわ」
「……わかってます。大会優勝経験者ですもんね。エルデさん」
ようやく口を開いたマミナの言葉は、強い諦観に満ちていた。
不安が胸に拡がるのを抑え込むように──膝の上でぎゅっと手を握りしめている。
「今の私から、あなたに言えるのはそれだけよ。……不甲斐ない先生でごめんなさい」
「いえ、どんな人が相手でも、最初から無茶なこと……ですから。私が試技会に参加するなんて」
重苦しい沈黙。
マミナは、自分に与えられた命題を、確認するようにつぶやく。
「最初から全力で、開始と同時に一回だけ撃つ……今の私にできること」
目の前の生徒の、強い戸惑いや迷い……
逡巡したエリスは、言葉でその背中を押すことにした。
「相手はユーロチャンプよ? ……胸を借りるつもりで、思いっきり行きなさい」
エリスの告げたその一言が、まだ操者として歩み始めたばかりの少女の心に静かな光を灯す。
「……はいっ!」
生徒の返事に、もう迷いはなかった。
その他の細かいケースに合わせた指示を終え、マミナの部屋を後にしたエリスは、職員用宿舎への帰路につきながら……自身の抱えた懸念と向き合っていた。
マミナには伝えなかったが、実績のないマミナの試技会初戦。
この場合、序列下位の生徒とあたっていてもおかしくはない。というより、その方が自然なのだが……
よりにもよって、初戦の相手が同じ外来とはいえ、外部で十分な実績を持つエルデというのが少し引っかかっていた。
エルデの実績と実力を考えれば、たとえ《頂》での成績がまっさらだとしても……
マミナと同じ序列最後尾からのスタートという扱いには違和感がある。
言葉では表現できない。このザラついた感覚。
日は沈み、辺りはすっかり暗くなりつつある。
その不安をごまかすように、エリスは明日の初戦そのものに視点を戻した。
(勝算はある。問題は──)
エルデがこの初戦を「どう挑むのか」ということ。
(初手から潰しに来られたら……素人同然のあの子(マミナ)はそこで終わり)
最初に術を放つことすらできないだろう。
ただ──
おそらくエルデは、そういった『蹂躙』する戦いを好まない。
これは、彼女がおこなってきた試技の記録から感じた推測なのだが、例えば──実力が下の相手を一方的に叩き伏せるだとか、そういった類の試合は一つも見られなかった。相手に実力を出させた上で、自分はさらにその上を行く……といった試合を好んでいるように思える。彼女にとっては、勝つこと以上に──自分がどう戦えるか、どう戦いたいかも重要だとすると、それは求道者の精神に近い。
試技という舞台を、文字通り『自分が試される場』だと捉えているのかもしれない。
「……まぁ、結局はエルデの出方次第よね」
と、エリスは思わず嘆息して独りごちる。
不測の事態というのは、どんな物事にも常につきまとう──伴侶みたいなものだ。
負けて当然の試技ではある。
だが──
もしマミナが、100パーセントの力で術を放つことができたら?
そんな期待感が、エリスの胸中を支配していた。
試技会初戦当日。
〈アリーナ〉と呼ばれる屋外試技場の中央に、向かい合って対峙する──マミナとエルデ──二人の姿があった。
会場施設は楕円形で、試技が行われる広めの中央区画を高い塀で囲んでおり、その外側に、観戦用の見学席がすり鉢状に設けられている。その造りは、中世期の大闘技場(コロッセオ)を彷彿とさせた。
エルデが外来の注目株ということもあって、普段の試技より見学の生徒は多かった。
外来二人のお手並み拝見……といった者から、単に話題になっているから来た生徒、序列上位の操者から、試技会には参加していない生徒まで……その顔ぶれは様々だ。
ただ、すべての思惑に共通し、二人に注がれるのは……
──好奇の視線。
その当事者となったエルデは、自身に向けられたその視線に、内心うんざりしていた。
(……まるで見世物ね)
緊張をしていない──といえば嘘になる。
確かに自分は外部の大会優勝者だが、《頂》内の序列において、いったい自分がどの程度の位置にいるのか分からないからだ。
訓練を受けた正式な《頂》の操者の戦いなど、一般の操者が目にする機会は殆どない。年に数回、《頂》の行事として行われる『公開試技』を除けば皆無といっていい。
エルデは三年前──中等部一年の時に、その《頂》の公開試技の舞台でアリスの試合を観たことがあった。
その時、自分とそれほど年が変わらないアリスに対し、これほど強く、美しい操者がいるのかという……強い憧憬の念を抱いたのだ。
それこそが、エルデが《頂》に来た原点であり、動機でもあった。
──こんなところで負けていては、あの背中には届かない。
意識を、対戦相手の少女に向ける。
両者の距離はおよそ十メートル。ひと息で詰められる間合いではないが、一般的な理術の有効射程範囲内……といった距離になる。
ただ、まともに決定打が狙える距離でもない。
それなりの修練を積んだ操者なら、相手の術構成を見てから理術で防御するのは比較的容易だろう。
相手の少女は自分と同じ『外来』ということだが、彼女と手合わせしたこともなければ、どこかで見かけた覚えもない。
もっとも、仮にどこかの試技会で見かけたことがあったとしても……おそらく覚えていないだろう。そういった印象の子ではあった。
ただ、実際にこうして対峙していると違和感がある。
操者としての訓練、あるいはそれに類する施しを受けた者には、とても見えないのだ。
まったく匂いを感じない。無味無臭といっていい。エルデの経験上、これは本当に奇妙なことだった。
《頂》に編入してくる以上、ひとかどの実力はあるはずだ。
可能性としては、操者としての訓練を受けてまだ間もないといったケースもあるが──
ふと、少女の瞳と目が合う。
ターコイズブルーの光沢を湛えた青い瞳が、やけに印象的だった。
こちらを睨んでいる……のではなく、会場の雰囲気や、この場の緊張に押しつぶされないよう、ただ目の前の自分の存在だけに集中しようとしている。
が──それもできず、これから仕掛けようとする自分の作戦にすがっているような眼差し……
開始と同時に、何かするつもりなのは明白だった。
(……隠しごとができないタイプね)
その様子を健気にも思ったが、その感傷は思考の外に追い出す。今、この場においては不要のものだ。
自分にとっても、この初戦は大事な一戦。
これから《頂》の生徒となる自分に課せられた、試金石となる試合。
(──まずは様子見。何か仕掛けてくるつもりなら、受けて立とうじゃない)
自分はいつだって、そうしてきたのだから。
『アテンプト・カリキュラム──!』
試技の開始を告げる、立会人のアナウンスコールがあがる。
『ゲット・セット──(準備はいいか?)』
しばしの沈黙。会場が一斉に静まり込む──
『ゴゥッ!(始めっ!)』
開始の合図と共に、二人の初戦の幕が上がった。
次の瞬間。
目の前で膨れ上がった気配の意味を、エルデは理解できなかった。
ひどくシンプルに、ただまっすぐこちらに向けられた「攻撃する」という決意が、その巨大な術構成と共に拡がってくる。
──異常な速さで。
奇襲というより、もはや宣言。
『今から貴方を全力で殴ります』と宣言しているようなものだった。
(……ッ! 上等じゃないっ!)
エルデはすぐに、相手の術がどれほどの規模なのか、どういった類のものなのか見極めようとする。
だが、これは……
(何よコレ……今まで〝視た〟中でいちばん大きくて、いちばん緻密な術構成を……あんな娘が!?)
侮っていたわけではない。だが、このままではまずい。これを正面から撃ち合うのはもう遅いと判断し、受けに回ることを選択する。
理力というものは、感情や精神状態などの──いわゆる「想いの力」に左右される。
一般的に、人は攻撃本能より防衛本能の方が「心の瞬発力」が上なので、攻撃より防御の方が大きな力を発揮する。相手を「傷つける」という衝動より、自分を「守りたい」という衝動の方が、大きな力を発揮できるものなのだ。
理術による攻防において、この性質は非常に重要で、「理術による攻撃」で「理術による防御」を突破するには、互いの技量、あるいは単純な理力の強さに、かなりの開きがあるケースでなければ難しい。要するに、操者の技量が互角ならば防御側が有利なのである。
──そう、互角ならば。
こちらが受けに回ったことに気づかないわけがないだろうに……相手はまだ撃ってこない。
(理力をまだ溜めてる……? どんだけの威力で撃つつもりなのよ……っ!)
内心毒づき、すぐにそれを思考の外に追いやって集中する。
また一歩出遅れてしまった焦燥の中……
──これだけの術を、果たして防げるだろうか?
という疑念が頭をよぎる。
(初手で追いつめられるなんて……しかも相手は《頂》の生徒ですらない。なんの冗談よっ!)
動揺している。思考がまとまらない。
自分に突き付けられた理術が、いかに危険か認識する。
だがこんなものを放てば……そもそも自分の後ろにある会場や、客席は持たないのではないか? 手の込んだブラフではないのか……?
ひとつの考えが浮かぶ。
そうだ、この子は暴走しているのだ。
自分に勝とうとするあまり、周囲の被害は度外視で、実力以上のものを出そうとしている。
結果、その反動に彼女は飲まれて──
──本当にそうだろうか?
目の前で破壊的な力をこちらに向け続ける彼女の目は、一点の曇りもなくこちらを見据え、その理力は暴走どころか、限りなく理想的な力として収束している。これも初めて視る光景であった。
(自分の全力を、本当に全力のまま制御してる……なんてヤツ……っ!)
通常、理術というのは操者が必要とする力の、少し手前で制御する。
例えば、全力が必要な場合でも、その手前の90あたりで制御するのがセオリーなのだ。
その方が制御に余裕が生まれ、失敗時のリスクも大幅に下がる。これが、全力の100に近づけば近づくほど制御の難易度は跳ね上がり、100を超えてしまえば──自分の実力以上のものを出そうとすれば──威力の反作用が、操者自身に及ぶことになる。
だがあろうことか……目の前の相手は、100の力を、本当に100のまま制御しているのだ。
それは、いうまでもなく操者としての理想だった。
ふと── 頭に灯が燈る心地がした。
本能的に感じたのだ。ここで防ぎきれなかったら
──自分は終わる。
迷いは消える。思考のノイズはかき消され、目の前の術を防ぐことに、すべての意識が注がれる。
あとはいつも通りだった。大丈夫だ。防げないワケがない。自分の積み重ねてきた研鑽は、そんなに軽くはないはずだ。
瞬間が永遠に引き延ばされた死線の狭間で、相手の唱える声が聞こえた。
凛とした──だがどこか幼さが残る──この光景には似つかわしくない声の色。
「我が敵を祓え──」
自然界では発生し得ない白き炎の輝きが、虹色の光を帯びて変化していく。
その神秘的な光景とは真逆の力を伴って──その《操者(テイマー)》の意思に従い、こちらを蹂躙せんとする光の焔。
「──ディーヴァの炎っ!」
相手が理術を解き放つと同時に、こちらも全霊をもって、自身の理術を解き放った。
「──ラディカル・ブルーミンッ!」
場違いに純粋な想いが乗せられた光との間に、舞い上がった光の花弁。
エルデを中心に渦巻いたそれは、結界となって熱波の侵略を拒む。
今の自分にできる──最大限の防御障壁だった。
二つの理術が衝突し、咆哮をあげ、大気を震わせる。
全てを灰燼へ帰さんとする虹の焔は、阻まれてもなお渦巻くように、破壊力の全てをエルデへと向かって収束させる。
壮絶な光景だった。
どこまでも続く光の本流に流されぬよう、ただ、歯を食いしばって耐える。耐える。耐える。自身が紡いだ光に縋りつく。
流されれば、おそらく自分は──……
最後の境界に飲み込まれるのを否定するように──精一杯、エルデは叫んだ。
「こぉ……のぉっ! 馬鹿力女(ばかぢからおんな)あぁぁぁぁっ!」
──どのくらいの時間が過ぎたのか
次に意識が繋がった瞬間、それでも自分がまだ立っていることが自覚できた。
顔が熱い。全身を濡らす汗が気持ち悪い。意識が繋がった身体が一斉に悲鳴を上げている。
上がった息が肺に吸い込んでくる、空気の熱も疎ましかった。
全てを浄化するかのような虹の炎。
それに晒された弱い身体。立っているだけの足。
ひょっとしたら、自分は泣いているのかもしれない。そんな場違いな発想が頭に浮かぶ。
本当にそうなのか、そんなこともわからない。自分の身体なのに。
だが、自身の生涯で一番理想に近い形で発動してくれたその術は、どうやら自分の命は護ってくれたらしい。
自分は生きている。それだけは理解できる。
理解できないのはこの女。目の前の──この女。
辺りに衝突の余波を残し、幽鬼のようにユラユラと燐光が漂う中……この事態を引き起こした少女が、陽炎に揺れる。
エルデにとってそれは──神罰を下す女神にも、破壊を統べる魔女にも見えた。
こちらを見据える彼女の目からは……自分には、もう何も感じ取ることができない。
朦朧とした意識の中で、意思とは無関係に零れ落ちる言葉。
「一体なんなのよ……こいつは……」
自分が発したその一言だけを耳に残し、エルデの意識は──その場に繋ぎ止めることができず──冷たい闇の中へと崩れ堕ちていった。
その結末を見届けたエリス・カシナートは、二人の身が無事で終わったことにまず安堵していた。
それでもエルデの方は心配だったが……
少なくとも大怪我や、取り返しのつかない事態には至っていないはずだ。
彼女の発動した術は、マミナの全力を確かに防ぎきっていた。
自分のいる席はエルデ側の後方──
仮にマミナの全力を、エルデが受けきれなかった場合に備えての位置取りだったのだが……それは杞憂に終わった。
実際、よく抑え込んだといっていい。あの状況で抑えきったエルデの技量を、賞賛するよりほかなかった。
そしてマミナの全力もまた、エリスの予想を遥かに超えるものだった。
エリスはマミナの勝利への喜びよりも、その理力の底知れなさに……
これから彼女に教えるのは他の誰でもない、自分自身なのだという責任の重さを痛感する。
彼女たちがこれから歩む《操者》としての回廊──自分は、その羅針盤となれるだろうか?
彼女たちへの期待と自分への不安──
その両方を自覚して、エリスはその場を後にした。
『……エルデの戦闘不能とみなし、勝者、マミナ!』
時を取り戻した立会人の宣言が、試技場にあがる。
外来の注目株がまさかの初戦敗退。
その大番狂わせにざわつく生徒たちと、目の前で起きた事態を見据える生徒たち。
様々な感情が渦巻く喧騒の中……前のめりに倒れたエルデが、《頂》の衛生員や係の生徒の手によって担架で運ばれていく。
「エルデさん……大事なければよいのですが」
観戦席から一緒にその様子を見ていたナーシャは、憂いを込めてそう呟いた。
褐色で、どこか成熟した落ち着きのある……少女というより女性、といった生徒だ。
しっとりとした黒髪を頭頂部で結い上げ、うなじをのぞかせるその髪型が、余計にその雰囲気を押し上げている。
彼女の額には──まるで第三の目のように──雫のような赤い意匠が施されていた。
先ほどの言葉は、別にこちらに向けた発言というわけでもないだろう。
ナーシャは本当にエルデという生徒を心配している。そういう女性だ。
「あなたが診てあげてください。彼女の行動は、試技の結果より状況を考慮した上での選択でしょうから……」
と、ナーシャに告げる。
アリスは、この試合をそう捉えていた。
結果のみで見れば、無名の生徒相手にエルデが油断し、足元をすくわれた……といった風に見られるだろうが、実際はそう単純でも、そのような浅い試合でもなかった。
第三者の視点で考えれば──後方への被害を考慮しなければ、エルデには他の選択肢も取れたであろうし、そうなれば逆の結果になっていたかもしれない。ああいった状況……施設や見学者に被害が及ぶと判断したら、会場にいる教師たちが動いてくれることも、エルデが知らないわけではないだろう。
おそらく彼女の無意識が、《頂》での初戦で『逃げの選択』を拒んだのだ。
たった一手の攻防ではあったが、この試技を通して、エルデ・アリンフロットがどういう人物なのか垣間見れた気がする。
そして昨日──エリス教師と一緒にいた、廊下で出会ったあの少女。
使った術の威力は言うまでもない。
本当に驚嘆すべきは、並外れた理力を完璧に制御し、あの精度と速度で100を出し切ったその制御力だ。
編入試験で満場一致の合格者とは……ほかでもない。彼女のことなのだ。
実際に彼女の術を目の当たりにするのは初めてだったが──
なるほど。彼女の経歴からあれだけの威力と制御力を見せられれば、試験を行った教師陣や、三賢者たちの評価も大いに頷ける。
今後、あれだけの力を《頂》で研鑽すれば、一体どのような《操者》が生まれるのか──
ふと、自分が思っていた以上の長い時間、思慮にふけっていたことを……こちらを見つめるナーシャの表情から察する。
「気になりますか? あの娘たちのこと」
肯定の意思を示してもよかったのだが、既に彼女には伝わっていることを、告げる必要もないだろう。
代わりに、今考えていることを口にした。
「……興味深い試合でした。見に来て良かったです」
その試技の一部始終を、観戦席の最上段から俯瞰していた少女。
ティティス・ティターニアは、身体の底から湧き上がる情動を抑えきれずにいた。
他の連中の〝退屈な〟試技とはまったく違う、いのちのぶつかりあい。
どんな花火よりも眩い、宝石のような輝きだった。
右手の親指で……下唇を静かに撫でる。
口元に不敵な笑みを浮かべ、まるで童歌でも紡ぐように言葉が跳ねた。
「……面白いもの、見ぃーつけたっ♪」
秀麗なまつ毛の奥に潜む、右の瞳が喜悦に揺れる。
だが、その反対側の瞳は……
装飾が施された眼帯によって、その真意と共に覆い隠されていた。
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